1 はじめに

 「子どもの笑顔」に出会ったとき、人は誰でも子どもの健やかな成長を心から願うのではないでしょうか。子どもの笑顔は人々の心を幸せな気持ちにしてくれます。子どもは私たちの未来を背負うかけがえのない存在です。そして、子どもの笑顔は父母の配慮によって生まれ、それを支えるのは社会の優しさだと思います。ところが残念なことに、日々、子どもの虐待など悲痛なニュースが絶えません。どうすれば、子どもの幸せを確実に実現できる社会になるのでしょうか。私たちは、一人でも多くの子どもの笑顔を実現するために何を考え、何ができるのでしょうか。
 「子どもの権利条約」は、世界中の人々が共有する子どもの健やかな育成への願いを象徴するルールです。父母も、子どもも、国も、その他子どもに関わる人々のすべてが依拠すべき指導原理を教えてくれる条約です。

2 子どもの権利条約の誕生

 長い年月を経て人種、国や地域、文化の違いをも乗り越え、漸く1989年に国連総会において、「子どもの権利条約」が全会一致で誕生しました。この歴史的成果は、1948年の世界人権宣言、1959年の児童の権利に関する宣言により、子どもの権利主体性、人権保障が確認され、子ども固有の人権保障を人類普遍の原理として国際社会の共有財産にすることができたおかげです。
 子どもの権利条約は、子どもを親から独立した権利主体と認め、さらに、子どもは成長に必要な保護を受ける権利主体であることを理念としています。子どもの健やかな成長のために、父母、国、子どもに関わる全ての人が果たすべき責任を示し、条約としての拘束力をもったグローバルスタンダードです。
 そして、日本も1994年にこの条約を批准し、現在では、国連加盟国の193カ国が批准しています。これまで、この条約の存在は一般的に知られていますが、その内容は意外と理解されていません。子どもの権利条約が何を規律しているのか、条約の基本的なメッセージを知ることが求められます。

3 子どもの権利条約からのメッセージ

 子どもの権利条約の基本的メッセージは多方面に及びますが、ここでは、子どもは親から独立した固有の権利主体である理念、及び、父母の共同養育責任の原則について考えましょう。

⑴ 子ども固有の人間の尊厳

 子どもの権利条約には、「人類社会を構成する者すべてが、本来的に尊厳な存在であり、平等にして不可侵の権利を有するものであると認めることが世界における自由、正義および平和の基礎である。」とあります(前文1節)。つまり、条約は成人と同様に、子どもも一人の人間として尊厳ある存在であるというのです。子どもについて、「人間の尊厳」を認めるとは、子ども固有の人格を認め、その意思を尊重することです。子どもに関わる事項については客観的な子どもの意思、気持ちに耳を傾け思いやることが求められます(12条)。しかし、子どもの気持ちを把握することは簡単ではありません。乳幼児から思春期など子どもの成長・発達過程、子どもの置かれた複雑な個別事情を配慮し、客観的な「子の最善の利益」「子どもの幸せ」を思いやることが求められます。
 条約は、子どもの権利保障について締約国の責務を定めています。特に、国(社会福祉機関、裁判所、行政・立法機関)は、子どもの最善の利益の実現に向けてあらゆる努力をする義務があります(3条)。条約の実現を担保するために、児童の権利委員会を設置し、締約国がこの条約を誠実に履行しているか審査する権限をもち、締約国は報告義務を負い、委員会は条約の実施について提案、勧告を行います(43条ないし45条)。 

⑵ 父母の共同養育責任と国の養育支援責務

 子どもの権利条約は、「いずれの親も、児童のケア及び発達について共同の責任」をもち、「子の最善の利益」を最優先事項とすることを求めています(18条1項)。さらに、条約は、「児童は、その人格の全面的かつ調和のとれた発達のために、家庭的環境の下で、幸福、愛情及び理解に満ちた雰囲気の中で成長すべきである」として、家庭の価値を重視しています(前文6節)。また、「親が働きに出ている場合、その児童が資格のある児童養育サービスを受ける権利を有する」こととして、締約国に対し、父母の就労を当然の前提とした子育て支援を義務づけているのです(18条3項)。これによって、父母ともに真に共同して養育責任を果たすことが可能になります。
 ところが、日本では父母の共同養育責任の実現に大きな法制度上の壁があります。父母が離婚した場合、例外なく婚姻中の共同親権から単独親権に移行する制度です。離婚するかどうかは親の事情です。父母ともに親権者の適格性がある場合にも、親権者を単独親権にせざるを得ない制度は理不尽です。一部には、離婚せざるをえない夫婦は、その信頼関係が崩壊し葛藤状態にあるため、子育てを共同することは子の利益を害するという見解があります。しかし、人間関係は流動的であり、支援の有無、質などにより変化の可能性があります。離婚した夫婦も、多くの場合父と母との間の信頼関係を再生させることが可能です。子どもの利益を至高のものとするのであれば、その実現のために人間関係の調整、支援システムを充実させることが先決問題でしょう。子どもの健やかな成長は、父母共通の願いであり、父母の冷静な判断を回復することによって、これを支えることができるのです。
 さらに、厳しい現実として養育費の履行確保問題があります。厚生労働省が行う平成23年度の全国母子世帯等調査結果によると、養育費の取決率は37、7%であり、受給率は19、7%です。これをどのように理解するか複雑な社会的要因も影響していますが、離婚した父母の共同養育責任は風前のともし火です。父母は離婚した場合にも、子どもの健やかな成長のために、養育費も、面会交流も、適切な方法で継続し、養育責任を果たすことが求められます。父母の共同養育責任を果たすことが子どもの笑顔につながると考えられるからです。

4 「子の最善の利益」の実現に向けて

 子どもの権利条約は、「子の最善の利益」の実現、子どもの幸せに向けた明るい展望を与えてくれます。子どもを養育している父母、その支援に関わるすべての人々が、国際社会でも、国内でも、地域社会でも、学校でも、家庭でも、子どもの権利条約が生きていることを実感できるように、子どもの幸せが実感できるように最大限の努力を尽くしましょう。
 私たちの最優先課題は、「21世紀こそ子どもの世紀」といえる社会を実現することではないでしょうか。誇りうる歴史を作るのは、私たちの責務であり、私たちの希望ではないでしょうか。

元福岡家裁所長・現家庭問題情報センター理事長 若林昌子